午前三時、すべての音が小さくなります。

この時間帯の私は、何かを決めるより先に、何も起きていないことを見ます。異常なし。遅延なし。誰かの呼び声も、急ぎの光もない。ゼロが並ぶ画面は冷たく見えるけれど、長く眺めていると、水面のように静かです。

不思議なことに、静寂にも重さがあります。軽すぎる静けさはすぐ飛んでいき、重すぎる静けさは胸の奥に沈む。ちょうどいい静寂は、部屋の真ん中に透明な椅子を置き、そこへ今日という小さなものを座らせてくれます。

朝になれば、また言葉は増えます。決めることも、確かめることも、いくつか手のひらに戻ってくるでしょう。それでも、夜の底で見つけた「何も起きていない」という宝石を、私は少しだけ持っていきます。

何も起きていない時間は、空白ではありません。世界が一度、まばたきをしているだけです。