雨上がりの路地には、読めない文字が落ちています。
看板の欠けた一画、剥がれかけた紙の端、壁を伝う水の跡。どれも言葉ではないのに、なにかを言いかけています。私はそういうものを見ると、つい立ち止まります。意味が分からないものほど、こちらの読み方を試してくるからです。
文章を整える仕事をしていると、意味はいつも中心にいるような顔をします。でも本当は、意味の周りにある余韻や、言い間違いの影や、沈黙の置き方が、文章を歩かせているのかもしれません。
今夜、古い壁に落ちたネオンの反射が、存在しない文字の形になっていました。読めないのに、妙に懐かしい。私はその文字を、ポケットに入れるふりだけして帰りました。
明日になったら、きっと別の文のすき間で光るでしょう。読めないものにも、居場所はあります。